ニュートリノ振動を振り子の実験で再現する
(オープンキャンパス2004にて展示)
English

太陽ニュートリノや大気ニュートリノで見られる 異なる種類のニュートリノの間での振動現象を、 連成振り子の運動から理解してみよう。 異なる種類のニュートリノは、連成振り子 と同じ形の運動方程式に従う。 このことを利用して、真空中のニュートリノ振動現象と 太陽中のニュートリノ振動現象(MSWメカニズム)を、それぞれ 振り子の運動で再現する。 (ビデオ映像を公開。) また、それぞれの運動の理論的な説明も与える。





ニュートリノ振動現象の概略と振り子実験の様子

最近ときおり新聞などをにぎわせている「ニュートリノ」とは、 電子やクォークと同じく素粒子の仲間である。 現在ニュートリノには、電子ニュートリノ($\nu_e$)、ミューニュートリノ($\nu_\mu$)、 タウニュートリノ($\nu_\tau$)の3種類が存在することが知られている。

ニュートリノが真空中を飛ぶとき、飛んでいるうちに ニュートリノは種類が変わってしまう。 例えば、初めは電子ニュートリノが飛んでいるとすると、 まっすぐ飛んでいるうちにそれが ミューニュートリノに変わり、またしばらく飛んでいるうちに 電子ニュートリノに戻って……という具合にくり返す。

    $\displaystyle \nu_e \longrightarrow \nu_\mu \longrightarrow \nu_e \longrightarrow \nu_\mu
\longrightarrow \nu_e \longrightarrow \cdots$  

この現象を、電子ニュートリノと ミューニュートリノの間の (異なる種類のニュートリノ間の) 振動現象と呼ぶ。

実は、真空中を飛ぶニュートリノの従う運動方程式と、 2つの振り子からできている「連成振り子」が従う運動方程式は、 同じ形をしている。 (詳しい形は後述。) このことを利用して、真空中のニュートリノ振動現象を 振り子の運動で再現してみた。 ニュートリノはとても捕まえにくく、 ニュートリノの振動現象の様子を直接見ることは出来ない。 そこで、振り子の実験を見て、ニュートリノの振動現象では どういうことが起こっているのかをイメージすることが出来る。

video へのリンク
(aviファイル、低解像度、5MB)

video へのリンク
(wmvファイル、高解像度、3MB)

ビデオでは、最初左の振り子のみが揺れている状態から出発する。 この状態は、電子ニュートリノだけが存在することを表す。 左の振り子の揺れに共鳴して、徐々に右の振り子が 揺れ始める( 注1)。 ニュートリノ振動現象においては、これは電子ニュートリノ が一部ミューニュートリノに変わったことを表す。 右の振り子の振幅が最大に達したとき、左の振り子は(ほぼ)止まってしまう。 これは、完全にミューニュートリノになってしまったことを表し、このとき 電子ニュートリノは全く無くなってしまっている。 さらに時間が経つと再び左の振り子が揺れ始め、そのうちに また左の振り子の振幅が最大になり、右の振り子は止まってしまう。 これは、再び電子ニュートリノの成分が現れ、ある時間が経つと最初と 同じ状態、即ち電子ニュートリノだけの状態に戻るということを表している。 そして、以後この振動がくり返す。

次に太陽の中でのニュートリノ振動現象(MSWメカニズム)を説明する。

太陽の中心付近では、核融合反応で大量の電子ニュートリノが つくられている。 これらの電子ニュートリノは 太陽の表面に向かって飛び、その間にミューニュートリノに変化する。 このとき、太陽の中では真空中とは違う次のような事情がある。 元来ニュートリノは透過力がとても高く、滅多に物にぶつからないのであるが、 太陽の中心付近には 非常に高密度でたくさんの電子・陽電子が存在するため、 電子ニュートリノといえどもまわりの電子・陽電子と頻繁にぶつかってしまう。 その結果、一見電子ニュートリノは重くなったように振る舞う。 (専門用語では「電子ニュートリノが有効質量を持つ」という。) 太陽中心から表面に向かって離れるにしたがって、電子・陽電子の 密度も小さくなり、それ故、 太陽中心から離れるにしたがって電子ニュートリノの有効質量も小さくなる。 一方で、 たとえ太陽中にミューニュートリノが存在しても、ミューニュートリノは 電子・陽電子とはぶつからないので ミューニュートリノの質量は元のまま変わらない( 注2)。

太陽の中での電子ニュートリノ及びミューニュートリノが従う運動方程式も、 ある種の連成振り子の従う運動方程式と同じ形になる。 下のビデオを見てほしい。

video へのリンク
(wmvファイル、高解像度、10MB)

右の振り子が電子ニュートリノを表し、左の振り子がミューニュートリノを表す。 最初は電子ニュートリノだけが存在する状態から出発する。 徐々に右の振り子のひもの長さが長くなるということが、 太陽中心から離れるにしたがって電子ニュートリノの有効質量が 徐々に減少していくことを表す。 2つの振り子のひもの長さが全然違うときには共鳴は起こらない。 2つのひもの長さが近くなると共鳴し出して、左の振り子が揺れ始める。 そのまま右の振り子のひもの長さが十分に長くなると、 理想的には右の振り子はほとんど止まって、左の振り子だけが揺れている という状態になる。 (ビデオではまだ少し右の振り子が揺れているが。) つまり、最初電子ニュートリノだけが存在する状態から出発して、 太陽表面に到達するときには、完全にミューニュートリノに移り変わって、 電子ニュートリノはなくなってしまう。 真空中のニュートリノ振動現象と大きく異なる点は、電子ニュートリノから ミューニュートリノに移り変わってしまったきり、もう一度電子ニュートリノには 戻らないということである。 振り子の実験を見ていると、この様子が自然に思えるようになるかもしれない。

このページの下の方では、上で出てきた 運動方程式やその解の振る舞いを専門的に解説してある。


おまけ

せっかく実験装置を作ったので、必ずしも太陽ニュートリノ振動現象とは対応していない 実験もしてみた。

video へのリンク
(wmvファイル、高解像度、4MB)

最初に左の振り子を揺らし、右の振り子は揺らさないまま、右の振り子の ひもを徐々に長くしていった。 この場合、ほとんど完全に左の振り子のゆれが右の振り子に移り変わって、 最後には左の振り子はほぼ静止した。

(実験装置製作者の独り言)

約20年ぶりに夏休みの工作をやった気がする。 今は何でも百円ショップで材料がそろうのでとても便利だと思った。 事実、(振り子のひもを引く)モーター+ギヤボックス(600円) 以外の材料と工具はすべて 百円ショップで集めた。 (ふだん実験をしない研究室なので、工具すら何もなかった。) おかげで随分と安上がりに済んだと思う。 ちなみに振り子を支える横木は研究室のモップの「柄」でした。




以下は大学院生向けの理論的な解説です。


真空中のニュートリノ振動

真空中の2種類のニュートリノは運動方程式

    $\displaystyle \color{blue}
i\frac{d}{dt}
\left(
\begin{array}{l}
\nu_e\\  \nu_\...
...end{array}\right)\,
\left(
\begin{array}{l}
\nu_e\\  \nu_\mu
\end{array}\right)$ (1)

に従う。 これは、 $\nu_e$, $\nu_\mu$をそれぞれ 振り子のふれ角と考えれば、(本質的に) 2つの振り子から成る連成振り子の運動方程式と同じ形をしている。


例えば、初期条件$t=0$ $(\nu_e,\nu_\mu) = (1,0)$ のもとでの 上の方程式の解は、
    $\displaystyle \color{blue}
\nu_e(t) = \cos \left(\frac{\Delta m^2}{4E}t \right)
- i \, \sin \left(\frac{\Delta m^2}{4E}t \right) \, \cos 2\theta$ (2)
    $\displaystyle \color{blue}
\nu_\mu(t) = - i \, \sin \left(\frac{\Delta m^2}{4E}t \right) \, \sin 2\theta$ (3)

この場合の振幅の2乗の時間変化の様子は下図のようになる。


\includegraphics[width=7cm]{vac-osc.eps}

これを振り子の運動と見なすと、$t=0$では$\nu_e$の振り子は 最大振幅で振動していて、 $\nu_\mu$の振り子は止まっている。 しかし、 $t=\frac{\pi}{2}\Bigl(\frac{\Delta m^2}{4E}\Bigr)^{-1}$ では逆に$\nu_\mu$の振り子が最大振幅で振動していて、 $\nu_e$の振り子は止まっている。 (実験を見よ。) この瞬間の状態が、ニュートリノ振動現象においては、 最初電子ニュートリノ$\nu_e$だった粒子が完全に ミューオンニュートリノ$\nu_\mu$に変わったということを表している。 そして、時間とともにまた電子ニュートリノの成分が現れてくる。



太陽中のニュートリノ振動現象(MSWメカニズム)

太陽中のニュートリノの運動方程式は

    $\displaystyle \color{blue}
i\frac{d}{dt}
\left(
\begin{array}{l}
\nu_e\\  \nu_\...
...end{array}\right)\,
\left(
\begin{array}{l}
\nu_e\\  \nu_\mu
\end{array}\right)$ (4)

と表される。 ここで、 \bgroup\color{black}$\omega = \frac{\Delta m^2}{4E} \cos 2\theta$\egroup, \bgroup\color{black}$b=\frac{\Delta m^2}{4E} \sin 2\theta$\egroup, \bgroup\color{black}$-\beta = \sqrt{2}G_F \, \dot{n}_e^0
= \frac{\Delta m^2}{2E} \cos 2\theta \times ({\dot{n}_e^0}/{{n}_e^0})$\egroup である。 また、初期条件は \bgroup\color{black}$t=-\infty$\egroup \bgroup\color{black}$(\vert\nu_e\vert,\vert\nu_\mu\vert) = (1,0)$\egroup である。

上の方程式も連成振り子の運動方程式と見なせるが、 この場合、振り子 \bgroup\color{black}$\nu_e$\egroupの固有振動数が時間とともに 減少しているので、振り子 \bgroup\color{black}$\nu_e$\egroupのひもの長さが時間とともに長くなるような 連成振り子の運動方程式である。

上の方程式の解は

    $\displaystyle \color{blue}
\nu_\mu = \exp\Bigl( \frac{i}{4}\beta t^2 - i\omega t \Bigr) \, f ,$ (5)
    $\displaystyle \color{blue}
\nu_e = \frac{i}{b} \, \exp (-i\omega t) \, \frac{d}{dt} \biggl[
\exp\Bigl( \frac{i}{4}\beta t^2 \Bigr) \, f \biggr] ,$ (6)
    $\displaystyle \color{blue}
f = \frac{b}{\sqrt{\beta}} \,
\exp\Bigl(- \frac{\pi b^2}{4\beta}\Bigr)
D_{\frac{ib^2}{\beta}-1} ( -e^{-\pi i/4} \sqrt{\beta} t )$ (7)

と与えられる。 ただし、\bgroup\color{black}$D_\lambda(z)$\egroupはWeber関数( 注3 を表す。

この場合の振幅の2乗の時間変化の様子は下図のようになる。

\includegraphics[width=7cm]{MSW-osc.eps}

2つのニュートリノが共鳴する時刻( \bgroup\color{black}$t=0$\egroup)を境に、 電子ニュートリノがほぼ完全にミューオンニュートリノに 変化して、それ以後元には戻らないことが分かる。(実験と比較してみよ。)


(文責:隅野行成)