素粒子物理学とは?


物質を細かく分けていくと,分子,原子,原子核,... としだいに小さな要素が 現れることはよく知られています。 では,物質はどこまで小さく分けられるのでしょうか?  もちろん,いくらでも細かく分けられるという考え方もありますが, ひとまず最小のものがあると考えると,次のような自然な疑問に至ります。

陽子と電子が存在することを知っていても,それらの間に引力がはたらくことを 知らなければ水素原子の存在を説明することはできません。 同様に,物質の基本的な構成要素がすべてわかったとしても, それらの間にどのような力がはたらくかがわからなければ 自然現象を十分に説明することはできないでしょう。 つまり,自然を理解するためには,上の疑問に加えて次のような疑問にも答える必要があります。

素粒子物理学は これら2つの疑問に答えることを目標とする分野です。 自然界には最小の構成要素(素粒子)と 少数の基本的な力(相互作用)が存在するという立場に立って, それらの探究を通して自然界の基本法則の解明を目指しています。


素粒子

素粒子が最小の構成要素といっても,本当に「最小」を示すことは難しい問題です。 実験的に見つかっていないだけで,本当はさらに細かく分けることができるかもしれないからです。 実際,原子核を構成する陽子や中性子も以前は素粒子と考えられていましたが, その後,内部に構造を持つことが明らかになり,現在ではより基本的な粒子 (クォーク)から成り立っていることがわかっています。 以下では現時点で素粒子と考えられているものについて述べます。

物質粒子

まず,通常の物質(原子)を構成する素粒子を見ていきます。 原子は原子核と電子からなりますが, このうち,電子は素粒子と考えられています。 原子核は陽子と中性子で構成されていますが,上で述べたように,陽子と中性子のいずれも3つの クォークから なる複合粒子であることがわかっています。 陽子,中性子を構成するクォークには2種類あり, それぞれ u クォーク,d クォークと呼ばれています。 (u は up,d は down を表しています。up,down という名前に特に意味はありません。) 陽子は uud,中性子は udd という組み合わせからなります。 電子と同様にクォークも素粒子と考えられています。

よく知られているように,電子は負の電荷を持っています。 陽子は電子とちょうど同じ大きさの正の電荷を持っています。 結果として,水素原子は電気的に中性になります。 中性子も名前が示す通り電気的に中性の粒子です。 電子の電荷の大きさを単位とすると, 電子の電荷は -1,陽子の電荷は +1,中性子の電荷は 0 と表されます。 陽子が uud,中性子が udd というクォークの組み合わせからなるということは, u クォークの電荷は 2/3,d クォークの電荷は -1/3 という半端な値になることを意味します。 このような半端な電荷を持った粒子は身の回りにはありませんが, クォークを単独で取り出すことが不可能と考えれば矛盾はありません。 これをクォークの「閉じ込め」といい, 実際に成り立っていると強く信じられていますが, 理論的には未解決の問題です。

この他に,通常の物質を構成してはいないものの,その仲間と考えられる素粒子として ニュートリノがあります。 ニュートリノは電荷を持たない粒子で, 原子核がβ崩壊する 際に電子とともに放出されます。 (正確には電子とともに放出されるのは反ニュートリノです。) 他の素粒子とはほとんど力を及ぼし合わないため, ニュートリノを直接的に観測するのは容易ではありません。

以上の u クォーク,d クォーク,電子,ニュートリノをまとめて,物質粒子の第1世代といいます。 この他に,高エネルギー加速器での実験により, 質量を除く電荷などの性質が第1世代とほとんど同じ粒子が見つかっており, 第2世代および第3世代と呼ばれています。 第2世代は c クォーク,s クォーク,μ(ミュー)粒子,μ ニュートリノからなります。 第3世代は t クォーク,b クォーク,τ(タウ)粒子,τ ニュートリノからなります。 この中で,クォーク以外の粒子(電子,ニュートリノ,…)はまとめてレプトンと呼ばれます。 つまり,物質粒子はクォークとレプトンからなるということになります。 これらの粒子も素粒子と考えられています。

力を伝える素粒子

2つの粒子1,2があるとして,粒子1が別の粒子Aを放出し,その粒子Aを粒子2が吸収する過程を 考えてみましょう。 放出される 粒子Aは運動量を持っていますので,運動量保存則により,粒子1の運動量はその分だけ少なくなります。 一方,粒子Aを吸収した粒子2の運動量は同じ分だけ増加することになります。 古典力学で学ぶように,運動量の変化は力がはたらいた結果ですので, この過程は粒子1と粒子2の間に力がはたらいたものと見ることができます。

例えば 電磁気力の場合,力を伝える粒子は光子です。電荷を持った粒子は光子を放出したり吸収したりすることができます。 結果として,電荷を持った粒子の間には 光子を通した運動量のやりとりが起こります。これが素粒子の立場から見た電磁気力の正体です。 一方,電荷を持たない粒子(中性の粒子)は光子とは無関係です。光子を放出することはありませんし, 光子がやってきても吸収することはなく,ただ光子が素通りするだけです。 つまり,中性の粒子には電磁気力ははたらきません。

このように,力はそれを伝える粒子の交換で表されるというのが素粒子物理学の見方です。 粒子の交換を通して 粒子が互いに影響を及ぼし合うという意味で,力というかわりに相互作用という言葉も よく使われます。 現在,電磁気力を含めて4つの基本的な力 (電磁気力,強い力,弱い力,重力)が知られています。 このうち,重力以外の3つの力については,力を伝える粒子が見つかっています。

電磁気力
電荷の間にはたらく力です。素粒子のレベルでは 光の量子である光子によって伝わります。
強い力
強い力はクォークをひきつけて陽子や中性子を作る力です。 強い力を伝える粒子はグルーオンと呼ばれています。 強い力は物質粒子のうちクォークのみにはたらき,レプトン(電子やニュートリノ)にははたらきません。 つまり,クォークのみが強い力の「電荷」を持ち,レプトンは強い力については中性です。 また,この「電荷」は電磁気力の電荷と異なり,互いに対等な3つの値を持つことが知られています。 これをカラー(color = 色)と呼び,3つの値を光の三原色になぞらえて R(red),G(green),B(blue)と 表します。(実際のクォークに色がついているわけではなく,単なる記号です。) 上述の「閉じ込め」をカラーという言葉を使って説明すると, 単独で観測される粒子はカラーについて中性(「白色」)のもののみである, ということになります。 1つのクォークはカラーを持っているので単独では取り出すことができません。 一方,陽子や中性子は3個のクォークからなりますので,「白色」の状態を作り出すことが可能となり, 単独で存在できるわけです。
弱い力
弱い力というのは原子核のβ崩壊を起こす力です。 弱い力を伝える粒子はウィークボソンと呼ばれており,W, Z の2種類があります。 このうち,W は正または負の電荷をもち,それぞれ W+, W- と呼ばれます。 Z は電気的に中性です。 β崩壊は原子核の中の中性子が陽子に変わり,原子番号が一つ大きな原子核に変わる現象です。 中性子が陽子に変わるということは,d クォークが u クォークに変化するということを意味します。 このとき,同時に電子とニュートリノが放出されます。 これを素粒子の立場で見ると,d が W- を放出して u に変わり,放出された W- が 電子とニュートリノになる過程として理解できます。 これを力と言われてもピンとこないかもしれませんが, クォーク(u,d)とレプトン(電子,ニュートリノ)が別の粒子(ウィークボソン)を通して 影響を及ぼし合った結果と考えれば,電磁気力と同様の相互作用の一種と考えられると思います。
重力
古くから知られている力です。 天体など巨視的なスケールでは一般相対性理論で記述されますが, 素粒子のレベルでどのように理解すべきかはまだよくわかっていません。

ヒッグス粒子

物質粒子,力を伝える粒子のいずれにも入らない素粒子として ヒッグス粒子があります。 ヒッグス粒子は素粒子が質量を持つ仕組みに関係する素粒子です。


素粒子の持つ属性

素粒子は「最小の構成要素」ですから, 同種の素粒子はすべて同じで互いに区別することはできません。 例えば2つの電子があったときに, 電子1に印をつけて電子2と区別するといったことは不可能です。 電子の持つ属性は決まっており,人間がそれに手を加えることはできないからです。 電子(一般に素粒子)の持つ属性としては,質量,電荷,スピン,といったものがあります。

質量

質量は古典力学でも馴染みのある概念ですが,古典力学と異なる点は質量がゼロの粒子が存在することです。 実際,光子とグルーオンの質量は正確にゼロです。 質量がゼロというと何もないという印象を持つかもしれませんが, 特殊相対性理論によれば質量がゼロの粒子も存在可能であり, エネルギーや運動量を持つことができます。 (光電効果が良い例です。) ただし,質量がゼロの場合,粒子はけっして静止することはできず, 常に光速(光の速さ)で運動し続けます。

電荷(チャージ)

通常,電荷といえば電磁気力の源となる電荷を意味しますが, 素粒子物理では電磁気力以外の力の源になる属性のことも一種の「電荷」と考えます。 英語で電荷のことを electric charge といいますので, この意味での一般化された電荷のことをチャージと呼びます。 (日本語では電荷の「荷」にあたります。) 強い力の源であるカラーもチャージの一種です。

スピン

スピンとはそれぞれの粒子の持つ固有の角運動量のことです。 古典力学で学ぶように,地球やコマのような自転している物体は物体の中心まわりの角運動量を持ちます。 素粒子のスピンも「素粒子の自転」という説明の仕方をされることがありますが, 素粒子は点状で構造を持たないため,この解釈は正しくありません。 何かが回って角運動量が生じているのではなく, 素粒子そのものが持つ性質(空間回転のもとでの変換性)と考えるべきです。 素粒子は古典力学ではなく量子力学で記述されるので, 角運動量も量子力学の中で考える必要があります。 量子力学では角運動量の大きさはプランク定数 h を 2π で割ったものを単位として, 0, 1/2, 1, 3/2, ... といったとびとびの値(1/2 の整数倍)に限られます。 スピンも角運動量ですのでその大きさは 1/2 の整数倍です。 電子を含む物質粒子(クォークとレプトン)のスピンは 1/2,光子,グルーオン,ウィークボソンといった 力を伝える粒子のスピンは 1,ヒッグス粒子のスピンは 0 であることがわかっています。 重力を伝える粒子(重力子)があれば,そのスピンは 2 となるはずです。

ボソンとフェルミオン

上で説明したように,同種の素粒子を区別することは原理的に不可能ですので, 2つの同種粒子からなる系で2つの粒子を入れ替えたとしても元の状態と区別がつきません。 このことから同種粒子からなる系の波動関数は 粒子の入れ替えに対して不変,または符号が変わる(-1 倍される)のいずれかであることが わかります。 波動関数が粒子の入れ替えに対して不変となるような粒子をボソン(ボース粒子)と呼びます。 一方,粒子の入れ替えに対して符号が変わるものをフェルミオン(フェルミ粒子)といいます。 ボソンは複数の粒子が同じ状態を占めることができるのに対し,フェルミオンは 一つの状態には一つの粒子が入るだけです(排他原理)。 相対論的場の量子論の一般論によればスピンの大きさと 粒子の統計(ボソン,フェルミオンのいずれになるか)は関係しており, スピンの大きさが整数(0,1,...)の粒子はボソン, 半整数(1/2,3/2,...)の粒子はフェルミオンになります。 (半整数は半奇数と呼ぶのが正確かもしれませんが,ふつうは半整数と呼ばれます。) 電子などのレプトンはスピン 1/2 なのでフェルミオン,光子など力を伝える粒子はスピン 1 なのでボソンです。

反粒子

素粒子には質量,スピンは同じで,電荷などの加えることのできる属性(チャージ)については 符号が反対の反粒子と呼ばれる素粒子が存在します。 (光子のように反粒子が元の粒子と同じものもあります。) 例えば電子の反粒子は陽電子といい,質量,スピンは電子と同じで,電荷が +1 の粒子です。 同様にクォークに対しても反クォークがあります。 u クォークの反粒子は u クォークと呼ばれ, 質量,スピンはクォークと同じで電荷は -2/3 です。 電荷に加えてクォークはカラー(強い力の「電荷」)を持ちますが, クォークのカラー R,G,B に対応して, 反クォークのカラーは R, G, B と表されます。 R とは R の 「符号を反対にした」カラーです。 つまり,R と R を加えると ゼロ(白色)になります。

陽電子は原子核のβ崩壊の一種のβ+崩壊の際に放出されますが,身の回りで観測されることはありません。 その理由は,陽電子が電子と出会うといずれも消えてしまい,光子に変わってしまうためです。 (対消滅といいます。) 例えば陽電子が一つあったとしても,我々のまわりには大量の電子がありますから, すぐに対消滅して光子になってしまうのです。 (このことを積極的に利用して病気を見つける検査法が陽電子断層撮影(positron emission tomography; PET)です。) 逆に,十分なエネルギーがあれば電子と陽電子を作り出すことができます。 (これを対生成といいます。)


素粒子を記述する枠組み:場の量子論

素粒子物理学の基礎となっているのは量子力学と特殊相対性理論です。 素粒子は原子よりもはるかに小さなスケールの対象ですので,古典力学ではなく量子力学で扱う必要があります。 また,素粒子の質量は身の回りの物体に比べてはるかに小さい(上で説明したように質量がゼロのものもある)ことから, 素粒子の持つ速さは一般にとても大きくなり,特殊相対性理論の効果は無視できません。 このように,素粒子の記述には量子力学と特殊相対性理論の双方を統合した枠組みが必要となります。 以下ではこの枠組み(相対論的な場の量子論)について簡単に説明します。

電場や磁場のように,空間の各点ごとに定まる量のことを物理学では (ば; 英語の field の訳)と呼びます。 空間座標の関数になっている量といってもよいでしょう。 例えば, ひも(や膜)のつりあいの位置からの変位は座標の関数ですので,場の例になっています。 ひもの運動で最も基本的なものは一方向に進む平面波です。 平面波をひもの運動を記述する方程式(波動方程式)に代入すると,平面波の振幅の時間変化が単振動の方程式に従うことがわかります。 つまり,力学的には平面波と単振動(調和振動子)は同じものです。 フーリエ解析で学ぶように,ひもの運動は平面波の重ね合わせで表すことができますので, ひもの運動は(無限個の)調和振動子の集まりとみなせることになります。

場の量子論

場の量子論とは, (ひもの運動のような)場の運動を量子力学として扱ったものです。 これは一般にとても難しい問題ですが, ひもの例のように,運動が平面波の重ね合わせ(つまり,調和振動子の集まり)となる場合には, 調和振動子の量子力学を使って解くことができます。 例えば,それぞれの調和振動子について最もエネルギーの低い状態(基底状態)を取れば, それが場としての基底状態になります。 また,調和振動子の状態として基底状態のかわりに励起状態を取れば,場としての励起状態が得られます。 このとき,無限個ある調和振動子のうちどの振動子の励起状態を考えるかに応じて, 様々な励起状態が考えられます。 調和振動子はもともと平面波を表していたので,これらの励起状態は振動数や波長といった波としての属性を 引き継いでいます。量子力学では振動数と波長はそれぞれエネルギーと運動量に対応しますので, 場の励起状態はエネルギーと運動量が定まった粒子のように見えます。

素粒子物理学ではこのような場の励起状態が素粒子を表していると考えます。 場の基底状態は素粒子が一つもない状態に対応しているので,真空と呼ばれます。 異なる種類の素粒子はそれぞれ対応する場の励起状態として現れます。 例えば光子は電磁場の励起状態です。 (量子力学では電場や磁場よりも電磁ポテンシャルの方が基本的ですので, ここでいう「電磁場」もポテンシャルを指します。) また,(質量がゼロでない)スピン 1/2 のフェルミオンはディラック場の励起状態です。 ディラック場とは相対論的に不変な方程式の一種である ディラック方程式に従う場のことです。 電磁場やディラック場のように, 場が従う方程式が相対論的に不変であれば,対応する素粒子は相対論的に正しくふるまいます。

自由場

平面波の重ね合わせで表されるような場のことを自由場といいます。 自由場は場の従う方程式が線形の場合(場の1次の項のみからなる場合)に相当します。 上述の電磁場の方程式,ディラック方程式はいずれも線形であり,自由場の例となっています。 平面波の特徴は波長や振動数を変えずに同じ方向に伝播することです。 これを粒子の言葉に翻訳すれば,無限の過去から無限の未来まで エネルギーおよび運動量を変えずに進む粒子,つまり自由粒子になります。 したがって,自由場が表すのは自由粒子であり, 自由場だけでは何も起こりません。 電子どうしが電磁気力を通して相互作用する様子を記述するためにディラック場と電磁場を用意しても, 散乱などの現象は見られないことになります。 別の言い方をすれば, 自由ディラック場の表す粒子は電気的に中性です。 電子のように電荷を持って電磁場と相互作用する粒子を表すためには自由場でない場を考える必要があります。 具体的には,場の方程式がディラック場と電磁場の双方に依存する項(相互作用項)を含む必要があります。 では,どのような項を付け加えれば電磁場との相互作用を正しく説明できるのでしょうか?  この疑問に答えてくれるのがゲージ対称性という考え方です。

ゲージ対称性

電場や磁場は電磁ポテンシャル(スカラーポテンシャルとベクトルポテンシャルを 合わせて作られる4成分のベクトル)を使って表されます。 電磁ポテンシャルを与えれば電場や磁場が定まりますが,この対応は一対一ではありません。 電磁ポテンシャルに対してゲージ変換と呼ばれる変換を行っても 電場や磁場は変わらないからです。 古典的な電磁気学で観測される量は電場や磁場ですので,ゲージ変換は物理的な内容を変えない変換と言えます。

磁場の中に置かれた粒子のシュレディンガー方程式は,空間座標についての微分を磁場のベクトルポテンシャルを含んだ微分 (共変微分)で置き換えた形をしています。 ゲージ変換は物理的な内容を変えないはずですので,ゲージ変換のもとでシュレディンガー方程式は不変であるべきですが, 実際にはベクトルポテンシャルのみをゲージ変換するとシュレディンガー方程式の形は変わってしまいます。 シュレディンガー方程式の形を保つためには,ベクトルポテンシャルの変化に合わせて波動関数の位相(複素数の偏角)も 変える必要があります。 この波動関数の位相変化を含めたものが量子力学でのゲージ変換です。 もともと波動関数の位相には規格化定数の選び方に対応して定数の不定性がありますが, ゲージ変換はそれを座標に依存する関数に拡張したものと言えます。 逆に,波動関数の位相を空間の各点毎に変更してもシュレディンガー方程式の形が変わらないこと (ゲージ対称性)を要請すると, シュレディンガー方程式に含まれる微分は共変微分でなければならないことが導かれます。 共変微分はベクトルポテンシャルを含むため,ゲージ対称性の要求により, 粒子(波動関数)と磁場の相互作用が定まったことになります。

場の量子論でも量子力学と同じ考え方で電磁場との相互作用が定まります。 つまり,物質粒子の場について,局所的な位相の変更(ゲージ変換) のもとでの場の方程式の不変性(ゲージ対称性)を要求すると, 場の方程式に含まれる微分が共変微分に置き換わり,結果として,物質場と電磁場の双方に依存する項(相互作用)が 自然に導入されます。 このようにしてディラック場に電磁場との相互作用を取り入れた理論は 量子電気力学(quantum electrodynamics; QED)と呼ばれています。

クォークとグルーオンの相互作用もゲージ対称性の考え方から定まります。 この場合,ゲージ変換は位相のずらしではなく, 3つのカラー(R, G, B)を混合する変換になります。つまり,時空の各点において3次元の線形変換 (より正確には3次元の特殊ユニタリー変換)になります。 この変換のもとで理論が不変であることを要求すると,電磁相互作用のときと同様の仕組みで, クォークとグルーオンの相互作用が定まります。 この理論は量子色力学(quantum chromodynamics; QCD)と呼ばれます。

一般に, 時空の各点毎に行う局所的な変換のことをゲージ変換といいます。 電磁相互作用の場合のゲージ変換(位相のずらし)はその一種です。 ゲージ変換のもとで不変な(つまりゲージ対称性を持つ)場の理論のことをゲージ理論といいます。 QEDやQCDはゲージ理論の例です。 理論がゲージ対称性を持つためには電磁場やグルーオンのように,微分を共変微分に変える場が必要になります。 このような場をゲージ場といいます。ゲージ場は力を伝える粒子を表す場です。 このように,力を伝える場(ゲージ場)とその相互作用(共変微分)の双方が一度に導かれるのが ゲージ対称性の特徴です。

位相のずらしは絶対値1の複素数をかけることと同じで,絶対値1の複素数は 1×1のユニタリー行列とみなすことができます。 1×1のユニタリー行列の全体は U(1) と表しますので,QEDのような理論は U(1) ゲージ理論と呼ばれます。 また,3次元の特殊ユニタリー変換の全体は SU(3) と表されますので,QCD のような理論は SU(3) ゲージ理論と呼ばれます。

摂動論

ゲージ理論は相互作用する場の理論ですから場の方程式は非線形になり,簡単に解くことはできません。 結果として, 反応の断面積など具体的な計算を行う際には,理論を自由場の部分と相互作用に分けて,相互作用を自由場に対する摂動として扱うことがよく行われます。 摂動展開の各項はファインマンダイアグラムと呼ばれる図で表され,系統的な計算を行うことが原理的には可能です。 ただ,摂動の次数を上げていくにつれて考慮すべきダイアグラムの数も膨大になり,実際に高い次数まで計算を行うことは困難です。 また,ダイアグラムの中には素朴に計算すると発散してしまうものも多く含まれ,その処理(正則化)も問題になります。 理論がよい性質を持つ場合には,理論に含まれる質量等のパラメーターに発散を押し付ける(くりこむ)ことにより, 意味のある結果を導くことができます。この操作をくりこみと呼びます。 QEDやQCDのようなゲージ理論はくりこみ可能です。 理論がくりこみ可能かどうかは新たに理論を構成する上での指導原理としても使われます。


素粒子の標準模型

素粒子の標準模型(Standard Model)とは, 相互作用する量子場によって物質粒子と重力以外の3つの力を説明する理論のことです。 今まで観測された現象のほとんどを高い精度で説明することができています。 物質粒子(クォークとレプトン)はディラック場(正確にはその「半分」のワイル場), 重力以外の3つの力はゲージ場(ゲージ群は3つの群の直積 SU(3)×SU(2)×U(1))で表されます。 このうち,SU(3) は強い力に対応します。 残りの2つ SU(2)×U(1) は弱い力と電磁相互作用を合わせたもの(電弱相互作用)を表します。

理論がゲージ対称性を持つとき,力を伝えるゲージ粒子は質量を持つことができません。質量項がゲージ変換で不変ではないからです。 標準模型のゲージ粒子のうち,光子とグルーオンは質量がゼロですが,弱い力を伝えるウィークボソンは陽子の 100 倍程度の 大きな質量を持ちます。 このことは,ウィークボソンがゲージ粒子であることと矛盾しているように思えますが, 標準模型ではゲージ対称性の自発的破れ(ヒッグス機構)により矛盾なく実現されます。 ヒッグス場が真空期待値を持つことにより,SU(2)×U(1) のゲージ対称性が U(1) に破れます。 (この U(1) は SU(2) の中の U(1) と2番目の U(1) を組み合わせたものです。) 破れずに残った U(1) のゲージ粒子は質量がゼロのままで光子となります。 それ以外のゲージ粒子は質量を持ち,ウィークボソンになります。 ヒッグス場の真空まわりの励起がヒッグス粒子となります。 (正確には励起は4つありますが,そのうちの3つはウィークボソンの一部となり,残った1つがヒッグス粒子となります。)

ゲージ対称性の自発的破れは物質粒子の質量とも関係しています。 標準模型の物質粒子はもともとは質量がゼロです。 ヒッグス場が真空期待値を持つことにより,ヒッグス場と物質粒子の相互作用を通して質量が現れます。


last update: 2023/12/12
研究紹介に戻る