素粒子にトップダウンはない?!

陽子・中性子などを作っている素粒子クォークには6種類あり,アップ (u), ダウン (d), ストレンジ (s), チャーム (c), ボトム (b), トップ (t) と名付けられている。クォークは単独では取り出すことはできず,必ずいくつかがまとまって陽子のようなハドロンと呼ばれる粒子を作っている。一番簡単なハドロンはクォークと反クォークからできていて,メソンと呼ばれる。6種類のクォークのどれを組み合わせてもよい。

例えば,チャーム・ストレンジを組み合わせると,c クォークと s 反クォークからなる Ds (ディーサブエス)メソンができる。これは以前には F メソンと呼ばれていたものである。また,ボトム・アップの組み合わせからは b クォークと u 反クォークからなる B- メソンができる。このメソンはつくばの高エネルギー加速器研究機構にある B ファクトリー (KEK-B) において多数生成されている粒子である。KEK-B は衝突型加速器の中で現在世界最高の輝度を誇っている装置であり,30年越しに小林・益川理論の正しさを実証するなどの成果を挙げている。

ではトップ・ダウンの組み合わせはどうだろうか。t と反 d から T+ メソンができそうに思うが,実はこの状態は存在しないと予想できる。その理由はトップクォークの寿命がきわめて短いためである。まだ実験でトップの寿命を測った人はいないが,信頼できる理論計算によって,その寿命は 10**-25 秒程度と予測される。トップクォークが生成されてから反ダウンクォークと一緒になってメソンを作るにはその10倍ほどの時間が必要なので,トップを作ってもメソンが作られる余裕もないまま崩壊してしまうのである。

さて,素粒子にトップダウンの状態は存在しないことがわかったが,素粒子理論の学問の世界もトップダウンとは縁のない世界である。学問の分野によっては教授が絶対的な権威を持ち,ピラミッド的な構造があって,助手や学生は上からの指示に従わなければならないような業界もあるらしいが,物理,特に素粒子理論は上下の関係がとても薄く,自由なのが特徴である。学生でも自分でよいアイデアを見つければ自分の思うように研究をすることができるし,興味のない研究を強制させられることもない。

まわりにいる大学院生を見ていると,このような雰囲気に慣れすぎていて社会に出てから大丈夫なのかと思わないこともないけれども,特に問題を起こしたという話は聞いていないので,おそらく就職したらちゃんと切り替えができているのであろうか。